matsumushisou’s blog

映画やドラマと日々の生活

親の介護と介護者の負担

昨夜夜中に弟が入院したとのラインを受けました。

 

先日、母のクリニックでの健診結果を持って

検査入院をした大きな病院に行って来ました。

そこで、私と弟は母のことを色々を聞かれたのですが、

記憶が曖昧なのがわかりました。大まかなところでは理解しているのですが、

病院では、もっときちんとしたことが解らないといけないと思い

整理しておきたいと思いました。

 

母、9月30日

施設からの連絡

夕食時に気を失って椅子から転げ落ちたそうです。72時間の経過観察と

施設の担当医であるクリニックに診てもらいましたが、大丈夫とのことで様子見になりました。

 

骨折などはなかったのですが、倦怠感が強く食欲が減っておりました。

その後、自分の体調が悪くなって、父の方のお世話だけで

手一杯になっていて、積極的な介護が出来ていなかったかと

思いますが、母は食事があまり取れなくなってきており、

手を使わなくなってきたこともあり、食事が全面介助になっておりました。

 

そんなおり、嘔吐もあり11月の往診で腹部CT撮影を行うことになりました。

17日に

全身のCT撮影を受け

左脳に癌の転移がみられたこともあり、その影響で嘔吐や意識障害などを

起こすことも考えられるので、一時的な処置はクリニックでも出来るし入院設備も

あるので、ある程度のことはクリニックでしてくれるそうですが、

検査入院をした病院に行って、何かあった時の対応が受けられるのか

専門の立場で相談を受けて来てもらいたいとの事でした。

 

そういう訳で、病院に予約を取ることになったのですが、弟との兼ね合いで

今週になってしまいました。

 

ドクターは、脳の転移は、この年でそこまで癌が活発なのはびっくりですが、

大腸の方は、以前とそれほど変わっておらず、食事がとれていて、しかも

水分がちゃんと撮れており、痛みがないのなら、施設で看て貰うのが

一番いいのじゃないかと言う事でした。

しかし、何かあれば、対応しますので、連絡を下さいと言って下さいました。

胃ろうは勿論のこと、点滴でも、不自然な水分の供給は本人の身体への負担も

考えると決して望ましいものではないので、できるだけ口から取る方がいいとのことでした。

意識もあり、痛みもなく食欲もまた出て来ていると言うのなら

90歳近くにもなって、食欲があると言うことは本人の生きる力があると言う事なので

それに任せた方がいいと言われ、私たちも納得して帰ってきました。

 

そしてホッとしたのも束の間

弟が足に違和感を覚えて、かかりつけの内科に行ったところ緊急入院となったらしいです。

 

高齢すぎる親の介護は、介護者の方の負担が大きすぎて

本当に大変です。

父が10年以上も前に心不全で倒れた時は、二人ともドクターの話が

すっと入って来ましたし、ドクターの問いかけにも、記憶の中から適切な答えを

すぐに出せました。

自分たちが痛みを抱えながらの介護は、かなり負担になっています。

まだ若くて介護なさっている方たち、決して無理をなさらないように希望します

THE INFORMER 三秒間の死角  FBIとマフィアとNYPD

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解説

英国推理作家協会賞やスウェーデン最優秀犯罪小説賞などを受賞したアンデシュ・ルースルンドとベリエ・ヘルストレムのベストセラー小説「三秒間の死角」を、「スーサイド・スクワッド」「ロボコップ」のジョエル・キナマン、「ゴーン・ガール」のロザムンド・パイクの共演で映画化。模範囚として刑務所で服役中だったピートは、自由の身と引き換えにFBIの情報屋として極秘裏に捜査協力することに。そして、その最後の任務として麻薬組織への潜入を任される。ピートは組織のリーダーから刑務所内での麻薬取引を仕切るよう命令され、競合組織を壊滅させたが、ピートの動きを嗅ぎまわっていたニューヨーク市警の横やりによってFBIに裏切られ、FBI、マフィア、NY市警、囚人たち、すべての組織から命を狙われる危機的状況におちいってしまう。主人公ピート役をキナマン、FBI捜査官ウィルコックス役をパイクが演じるほか、コモン、クライブ・オーウェンらが脇を固める。監督は「エスコバル 楽園の掟」のアンドレア・ディ・ステファノ

2019年製作/113分/G/イギリス・アメリカ・カナダ合作(映画com.より)

 

妻を守って殺人を犯し、20年の刑に服すも、FBIの操作により情報屋として雇われ潜入捜査をしている。ピート・コズロー、ポーランド系マフィアへ潜入し、壊滅に導くはずだったのだが、NYPDも潜入捜査官を入れていたことによって計画が頓挫。

ピートは窮地に追い込まれる。

ピートはただの情報屋ではなく、思慮深く、腕利きなのだ。それでも単なる情報屋として紙屑のように扱うFBI,マフィアも麻薬の取引の失敗を許す代わりに、刑務所内で麻薬の取引を仕切るように命じられる。

妻と娘が人質に取られ、彼は刑務所に行くのだが、割とこういう映画の妻は、お荷物でしかないものだが、彼の妻は中々、根性のあるところをみせる。

それでもNYPDの潜入捜査官を潜入させたボスが周りを嗅ぎまわったり、この話どっちに転ぶんだと色々想像させてくれる。予定調和でないところがいい。

最後まで楽しませてくれるし、キャスティングが一筋縄でいかない人ばかりなのもハラハラさせられて良かった。

 

 

 

歯が3本抜けた

お嫁さんからの連絡

お義母さんの歯が3本抜けたそうだ。

 

なんで?

差し歯だったかもと言う

 

母も認知症になって、何本か歯が抜けたけれど、

歯磨きが適正でなくて溶けて抜け落ちたと言っていましたけれど、

高齢になると歯が容赦なく

抜けてしまうことがあるようだ。

 

母はそれでも入れ歯を入れながらなんとか維持していたが、

最近、入れ歯がぶかぶかになって来たと言う

歯茎もやせてくるらしい。

 

不整脈が出たと聞いて心配しながら行った実家

弟から、

昨日、父が胸痛を訴え、看護士が不整脈と判断した

と言うラインが来ました。

 

今日も胸が痛いと言っていたらどうしようと思いながら

実家に着いてみると、

なんと97歳の父が庭で、雑草を抜いていました。

私が行くと

「きれいになったでしょ」

私は口をあんぐり

どこも痛くないのか、施設長からの連絡が弟に行っていたが、

仕事中に報告するとんでもない人だと怒っいたと言うのでt

くれぐれも施設からの連絡は受けていない態で

「うん、寒いから部屋に入ろうよ」と

うながす。

 

部屋に入ると、新聞紙がまとめられている。

前回来たときは、まだ半分くらいだったはずと

調べてみると、新聞に混じってビニール袋とか、ゴミが混ざっている。

それをどけて、きれいに入れ直していると父にお弁当が来て

お食事

本日のメインは肉じゃが。

私は、相変わらず、納豆ごはんでご相伴。ヘルシーだわ。

ご飯が終わって

コーヒーを入れてくれたので、飲んでいると

「ねえ、駅まで行ってよ。」

拒否(車に乗せたら最後、あちこち連れて行かされて一日が終わる)

 

午前中の続きをやる。そうやって、かたづけをしていると

「ちょっとトイレ見てよ。もうちゃんと直ったのだから」

どれどれ、水位がちょっと高いよ。

ラバーを使ってみると、汚い水が出て来る。

「ダメだよ。これで使っていたら、また詰まるよ」と

また、ちゃんとした水位にもどすべくトイレにお湯を流して

お掃除

すると、

「ちょっと郵便局まで行って来る」と

言って、父は出かけてしまった。しかもウールのシャツにアルパカのベストだけで。

私はダウンを着て来たと言うのに。

その後、テレビを観ていると言うので、

またトイレを掃除していると

今度は庭から、うーん。うーんと言う声

見に行くと庭に石を敷き詰めている。

 

「お庭手入れしてもいいけれど、昼間のあったかい時間にやってよ」と

言って部屋に入れる。

うーん。じゃ夕ご飯の支度をするかと言って

台所に立つ。

お弁当と言っても、中身だけなので、食器は用意しなくちゃならないのだ。

食事の用意も後片付けも父がやる。

手慣れたものだ。

こっちは、洗剤の補給やら、シンク周りの汚れを取るくらいかな。

まあ、それが見事なくらい汚れてはいるのだが。

しかも私がいない間に色々と整理するらしくて、

床拭きペーパーを捨てようとしたり、私が昼食のお供に買っておいた食材も

捨てようとするから、大変

納豆にふりかけだけじゃ、足りないので冷凍食品やフリーズドライをそっと隠しておくのだ。

料理すればいいと思うだろうが、残ると何日か後で父が食べることになるし、

ゴミを増やすとゴミだしの時に気の毒だ。

 

取り敢えず、心配して行ったはずなのに、外に出たがる父をなだめて家に入れると言う

妙な展開になってしまった。

 

 

施設のスタッフ 

母はこの4月に4年ほどいたGHから他のGHに引っ越しました。

 

以前のグループホームは、男性のスタッフばかりで、よく利用者さんに話しかけていました。

母は何度か骨折をして車椅子になっていましたが、男性のスタッフさんが多いので、

トイレに行く時は手を引いてもらって歩いていました。

ところが、私は二か月に一度の病院通いがかなり辛くなっていました。

私の力では、どうにも歩かせることなんて出来ずに

車椅子からの移乗も難しかったのでした。

それでもスタッフさんによると伝い歩きが出来るとなっていて、

そう言われると、歩かせられないまでも車椅子の移乗くらい出来ないのは

私に問題があるのかと思っていました。

 

ところがグループホームを引っ越してみると

こちらは、女性のスタッフさんばかりで、どうにも支えて歩かせることが出来ないというのです。

本当に伝い歩きをしていたのですか?

と言う疑問をスタッフさんから投げかけられ、病院への健診も車椅子の移乗も

難しいとのことで、介護タクシーを教えてもらったり、

車のところまでついて来てもらったりしていました。

 

母は以前の施設でも食欲がなくて、食事回数が少なく便秘がちでしたので、

そのまま見守りと言うことになっていました。

それでも、スタッフさんに対して、かなり言い出い事を言って

また言いたいことを言っていたせいでか、よく一人でテレビにお守りをされていました。

 

そして新しい施設に移ってからは、随分大事にされて、随分穏やかになっていましたが、疲れることが多いようで、よく部屋で休んでおります。

食事も一時はかなり回復してよく食べるようになっていたのですが、こちらでも転倒してから食事の量が減り、体力の減少が見られます。

食事の介助も以前のところは、ほとんどなしで

毎朝、同じメニュー。昼ごはんは、野菜が沢山入っているメニューで、どれも一口大以上の大きさなので、母は箸で切ろうとするだけで疲れていました。

こちらの施設は、柔らかく、細かく刻んでありますし、食べずらそうだと、ご飯は小さなおむすびにもしてくれます。

 

向こうの施設は、私語だか、話しかけなのか、スタッフ同士でもよくお話していたので、いつもにぎやかでした。

こちらは、スタッフの皆さんが静かにお仕事を遂行していると言った感じで、最初のうち私も緊張しました。

どっちがいいのか、相性なのだろうとは思います。

何がよくて何がいけないのかもわかりません。

ただ、以前の施設では、起きたら、ずっとリビングにいると言った習慣なので、

母は時々、イライラしていましたが、でもそれが活力だったのか、元気そうに見えました。

リビングからちょっと離れた廊下で、母は長い時間車椅子に座ってテレビを観せられていたけれど、ぷんぷんしながらも、ちゃんと座っていました。

こちらでは、食事が終わると部屋に戻って休息を取ります。

食事の少しまえに、みんなで、食事について話したり、ちょっと体を動かしたりしてから、食事をし、午後には散歩に行くと言った日課でしょうか。

 

それ以外の時はなかなか起きられない母を見るのは、辛いですが、

穏やかに話ができるのは

大変うれしいです。

もう体力の回復はないのでしょうか。

心配で、もっと会いに行ってあげたいのですが、

こちらも昨年腰の調子をおかしくして、寒くなると歩くのがきつくなります。

また引っ越しで腕も痛めてしまい、やっと横を向いて寝ていられるようになってきましたので、大事にしたいところです。

でもまた座った母と色々ゲームをしたり、折り紙をおったりする時間が持てることを願っています。

施設にいる母に会いたい父

どうしても、こちらのブログに中々入れないので

ご無沙汰気味です。アメバの記事と少し変えています。

12月4日

 

父がどうしても母に会って、昔の写真を見せたいと

言うので、連れて行きました。

 

施設に着いてみると、12時前なのに、母はもう

昼食の真っ最中

 

それなので、父は

自分もどうしても食事がしたいと言い出し

神戸屋へ(なぜか神戸屋にこだわる)

 

とても混んでいて、30分くらい待たされました。

席に着くとすぐに注文

そして、

「ここは、パンおかわりできるんだったよね。」

って、ことでスタッフを呼んでパンをまず頂きました。

このかごの中にはないですが、

神戸屋スペシャルとオレンジあじのもの

レーズンパン、手前に写っているやわらかいフランスパン

いちじくとクルミのパンを

複数個

3回くらいおかわりしました。

次にコーヒーを頼んでこれも2回か3回

 

メインは、ものすごい勢いで食べ散らかしたので

お店のメニューから

私は、父ほどパンは頂かないかわりにサラダをいただきました。

父はそれも欲しがりましたが、

生の野菜は、あまり食べないので、却下

お料理の中の野菜はみんな炒めたり茹でてあるので、

私の分も少し(人参を気持ち)あげました。

 

さて、食事のあと、施設に戻ると

母はベッドの中で元気そうだったので、

椅子をお借りして、父は母に若いころの写真を見せました。

結婚する前のものや、親、兄弟姉妹のものを

沢山見せていました。

「隣に写っているの、誰? ○○照子さんじゃない?」

母がほとんど口をきかないので

「苦労かけてすまなかったね」と

言っていました。(こういうのは病気になる前に言わなくちゃ)と

冷ややかな娘  (今父に振り回されて母の苦労がわかる)

父が母のお父さんの写真を見せたら

解ります

と言っていました。さすがおとうさん娘(認知症を発症してからもお父さん、お父さんと言っていた)

そして

今年生まれたひ孫の写真を見せると

笑みがこぼれ、父が

早く(母の)写真を撮れと言っていましたが、

敵もさるもの、

撮ろうとすると口を閉じてしまうのですよ。

 

父へかすかな抵抗でしょうか。

父が

写真の説明をしたり、

「クリスマスは何がほしい」とか、

話かけるのですが、

あまりにしゃべらないので父は

三百六十五歩のマーチを歌っていましたよ。

だんだんに声が大きくなったのでしょうか。

 

施設長が来て

「日によって違うのですよ。お話になる時は沢山話されるんですよ」

と言ってくれました。

 

ちょうど、入れ歯が緩くなって明日歯医者さんが来てくれると

言う話もあったので、話しづらかったのかもしれません。

 

父は「今度は息子くんと来るね」と言い置いて

帰って来ました。

母の施設グループホームの往診

母の施設では、往診が月に二回あります。

引越し前のGHでは、往診は、クリニックの暇な時にドクターが往診に

来るので、往診に出会ったことはなかったのですが、

そしてドクターにお話を伺いたい時は、クリニックの診療時間に予約を取って

聞きに行かなければならなかったのですが、

 

今度のGHでは、往診時に立ち会うことが出来ると言うので行って来ました。

4月に入居以来二度目です。

多いのか少ないのかわかりませんが、最初は来て下さいとのことでしたから

どなたも一度は経験されているのだと思います。

 

母の部屋に入る前に母の症状のことで説明を受けました。

そのあと、本日はインフルエンザの注射をするとのことで

ドクターに続いて、クリニックのスタッフが3名、GHのスタッフが2名入りました。

GHのスタッフが母の健康状態を説明しました。

食事が一日に一回程度しか取れていないので、 エンシュアを与えていますと言っていました。

あと、口の片側が赤く腫れているので、何かつけた方がいいかとも聞いていました。

ヘルペスだと心配なのですが、ヘルペスの薬は作用が強いし何がいいでしょうかとのこと

結局、エンシュアを一日一回分と唇の腫れに効くお薬が処方されるようでした。

その後、インフルエンザの注射ですが、

母は注射が嫌いなので、GHのスタッフさんが腕を押さえることになりました。

みんなで注射するよと口々に言うものですから、

大丈夫かと心配しましたが、

「痛ーい」の一言で済みました。

 

往診が終わったあと、母にタブレットで、音楽を聞かせました。

大好きなトルコ行進曲をかけると

「?」と言う顔をしたので、よく見るモーツアルトでした。

ベートーベンのにすると落ち着いて聞いていました。

次に「無縁坂」「忘れな草をあなたに」

なんか暗い曲が好きみたいですね。

ベッドから腕をだして、リズムを取っていたら、ウプウプって

言い出しました。

「どうしたの?」って聞いたら

「気持ちわるい」って言います。

スタッフを呼んで来て、もどしてもいいようにベッドを

起こすと、体位を換えたことで治ってしまったようです。

もしかしたら、空気を飲みこんでしまったのかもしれません。

 

あとはスタッフに任せて帰って来ました。