matsumushisou’s blog

映画やドラマと日々の生活

娘からみたプチ介護の現場体験

娘が奇特にも、
私と一緒に実家に泊まってくれると言うので
2泊3日で行って来ました。
 
父は病院から帰って来たばかりでヨタヨタしているし
母はショートスティから帰って来たばかりで
状況がつかめない。
 
そんな時に父が
入院をしていて大変だったことを母に延々と語ったものだから、
母の頭が爆発
「出て行く~」となりました
二人に食事をさせましたが、
母が
「こんな人とは食事が出来ない。早く食べたら、向こうに行ってくれ」と
言って追い出し
それでも興奮が冷めずにいた頃
買い物に出かけていた娘蜜ちゃんが帰って来ました。
これで、話の流れが変わり、事なきを得たのですが、
 
元々母の認知症は、父の心不全が原因かと思われます。
ある日駅の階段で倒れ、
母が駆けつけ、救急車を呼び、病院に連れて行きましたが、
もうこの世の人とは思えないほどの衰弱ぶり
沢山の管に繋がれ、黒ずんだ肌、精気の失われた肉体は、
息を飲まずにはいられませんでした。
ERに3日ほどいて、一般病室に移されたのですが、
担当医師からは、これをきっかけとして
寝たきり、意識障害が出ることが考えられるので覚悟してくださいと
言われましたが、1か月半ほどで無事生還
おりしも確定申告の時期で
その頃、まだ税理士をしていた父に代わって
母と弟は色々と凡走していました。
 
今思うと、医者の言っていることがわからないから、一緒に聞いてほしいとか、
何度も何度も確認することが増えたけれど
年齢的なものかと思っていました。
 
母は父の看病のため、それまでやっていた週2回の水泳をやめ、
家に閉じこもるようになりました。
ただ父の外来には付いて行きますが、2時からの予約なのに、
10時とか、11時から出かけるので、出来るだけついて行くように
していました。
母は具合が悪いと食事もとらずに寝ていたようで、その年に
10キロほど痩せて、いよいよ言動がおかしくなり始めました。
 
今回入院した時に
父は、7回目だと言っていました。
最近ですと、2012年熱中症から狭心症、そして胆のう炎
その前が、心不全ですから、
あとの4回は、なんとなくしか知らないのですが
すぐ前は、下の娘が生まれた時のようです。
あとは、自転車にぶつけらて、救急車で運ばれて頭の手術、
ホームから転落したこともあったようです。
あとの一回はなんなのでしょう?
 
まあ父だけで7回です。その他にもずっと舅や、姑、小姑の世話をして来たのですから、入院は、禁句なのかもしれません。
 
母が父が入院の話をした時に
「なんのねぎらいの言葉もなかった」と言っていましたが
たしかに
「大変だったんだよ」
と言う言葉を
「入院して迷惑をかけたね」
と言う言葉に替えられなかったのか
と思います。
 
この三日間食事を作って、食べやすく体にいいものを提供して来ましたが
作っているそばから文句が飛んでくる。
食事時間、食材
 
勿論、私は、おいしい。おいしいの言葉だけ頂きました。
 
私は毎度のことで、へっちゃらだけれど、娘は
二人が食事で顔を合わせる度にけんかするのがすごいストレスだったみたいだ。
実家から帰る時に、介護の現場って
こんな風にすごいんだろうね。想像以上に身体が元気だから
いう事なんてきかないものって。
 
昨日から耳に不調を訴えていたと思ったら朝、めまいがして
吐きそうだったので医者に連れて行った。