matsumushisou’s blog

映画やドラマと日々の生活

痛みを感じて認知症の母をおもいやる

痛みで目が覚める。
 
2時半だ。
手探りで湿布を探し、痛みの根源を探し貼る。
残念ながら、以前にもらった成分の弱い湿布なので
ちっとも治まらない。
 
電気をつけるのも気兼ねなので、携帯を探りよせ
みなさんのブログを拝見していると
夫が目を覚まして来た。
 
「湿布貼りなおしてあげようか?」
「さすってあげようか?」
言葉は優しいのだけど、貼ってもらうとシワシワだったり、なんかチクチクすると思ったら
裏のセロハンを取り忘れていたり、
もし認知症だったら、訳もわからず不機嫌になっていただろう
 
背中をさすってくれれば、痛いところをドンピシャで押し
認知症だったら、
間違いなく反射的にエルボーパンチ(言葉がわかんないけど、肘でガツンとやること)
か、蹴とばしていただろう。
 
そして認知症じゃないから思い出した。
またまた夕飯のあとの薬を飲み忘れた。
と言うか、夕飯を食べずに寝てしまった。
もう体中痛い。
でも性懲りもなく、「ここは?」なんてさすっている夫のおかげで、
新しい痛みの場所がわかった。
脇腹だ。
こんなに湿布を貼っちゃいけないんだろうと思うくらい貼って
一体なんで痛みが引かないの?と思っていたら
脇腹だった。
逆に言えば、飲み薬って、全般的に効くから、場所の特定は出来ないのね。
 
母が肩を骨折した時にヘルパーさんに毎朝
湿布を貼ってもらっていたけど、
骨折した場所じゃないところによく貼ってあったのも、そういうことなんだわ
と改めて思う。
 
薬を飲めば痛みも疲れも忘れるから、結構動き回る。
家族ももう動けるのだと色々と頼む。
自分が勘違いするくらいだから、その時々の状態を申告しなければ、
無理もないことだ。
ちょっと気を抜いて一休みするとぐっすり寝てしまったりする。
 
母はショートから帰ってきたはずだけど、
行かれないのに電話するのもなあと思ってまだ電話していない。
しかも無理して行ったら、必ずわかってしまう。
人間の脳って不思議なもので、記憶が出来なくなると
それを補おうとするのか、観察力が増すような気がする。
疲れた状態で行くと
「誰が呼んだの?」って聞く。
「顔が見たくて」
なんて嘘を言ってもバレてしまう。
元気な時なら、それもアリだが。
 
自分は面倒をみられるような人間ではないと思っているから、
「洗濯を手伝おうと思って」とか、「なんか片づけるものない?」
なんて聞くと
「人に迷惑を掛けるようになってまで生きていたくない」
と言われてしまうから、
「夫が出張に行ったお土産を持って来た」とか、
「写真が出来たから見せに来た」とか、
なんだかんだ理由をつけて行く。
 
まあ今度は娘が『中原淳一展』に行って母にお土産を買って来たので、
それを持って行こうとは思っている。